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吾輩わがはいは猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当けんとうがつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪どうあくな種族であったそうだ。

この書生というのは時々我々を捕つかまえて煮にて食うという話である。

しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。

ただ彼の掌てのひらに載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。

掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始みはじめであろう。

この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶やかんだ。

その後ご猫にもだいぶ逢あったがこんな片輪かたわには一度も出会でくわした事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。

そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙けむりを吹く。どうも咽むせぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草たばこというものである事はようやくこの頃知った。

この書生の掌の裏うちでしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。

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ジャンプ1

書生が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗むやみに眼が廻る。胸が悪くなる。

到底とうてい助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。


ふと気が付いて見ると書生はいない。たくさんおった兄弟が一疋ぴきも見えぬ。肝心かんじんの母親さえ姿を隠してしまった。

その上今いままでの所とは違って無暗むやみに明るい。眼を明


主人は夢の裡うちまで水彩画の未練を背負しょってあるいていると見える。

これでは水彩画家は無論夫子ふうしの所謂いわゆる通人にもなれない質たちだ。


主人が水彩画を夢に見た翌日例の金縁眼鏡めがねの美学者が久し振りで主人を訪問した。

彼は座につくと劈頭へきとう第一に「画えはどうかね」と口を切った。

主人は平気な顔をして「君の忠告に従って写生を力つとめているが、なるほど写生をすると今まで気のつかなかった物の形や、色の精細な変化などがよく分るようだ。

西洋では昔むかしから写生を主張した結果今日こんにちのように発達したものと思われる。

さすがアンドレア・デル・サルトだ」と日記の事はおくびにも出さないで、またアンドレア・デル・サルトに感心する。

美学者は笑いながら「実は君、あれは出鱈目でたらめだよ」と頭を掻かく。

「何が」と主人はまだ※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)いつわられた事に気がつかない。「

何がって君のしきりに感服しているアンドレア・デル・サルトさ。あれは僕のちょっと捏造ねつぞうした話だ。

君がそんなに真面目まじめに信じようとは思わなかったハハハハ」と大喜悦の体ていである。

吾輩は椽側でこの対話を聞いて彼の今日の日記にはいかなる事が記しるさるるであろうかと予あらかじめ想像せざるを得なかった。

この美学者はこんな好いい加減な事を吹き散らして人を担かつぐのを唯一の楽たのしみにしている男である。

彼はアンドレア・デル・サルト事件が主人の情線じょうせんにいかなる響を伝えたかを毫ごうも顧慮せざるもののごとく得意になって下しものような事を饒舌しゃべった。

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ジャンプ2

「いや時々冗談じょうだんを言うと人が真まに受けるので大おおいに滑稽的こっけいてき美感を挑撥ちょうはつするのは面白い。

せんだってある学生にニコラス・ニックルベーがギボンに忠告して彼の一世の大著述なる仏国革命史を仏語で書くのをやめにして英文で出版させたと言ったら、その学生がまた馬鹿に記憶の善い男で、日本文学会の演説会で真面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であった。

ところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが、皆熱心にそれを傾聴しておった。それからまだ面白い話がある。

せんだって或る文学者のいる席でハリソンの歴史小説セオファーノの話はなしが出たから僕はあれは歴史小説の中うちで白眉はくびである。

ことに女主人公が死ぬところは鬼気きき人を襲うようだと評したら、僕の向うに坐っている知らんと云った事のない先生が、そうそうあすこは実に名文だといった。

それで僕はこの男もやはり僕同様この小説を読んでおらないという事を知った」神経胃弱性の主人は眼を丸くして問いかけた。

「そんな出鱈目でたらめをいってもし相手が読んでいたらどうするつもりだ」

あたかも人を欺あざむくのは差支さしつかえない、ただ化ばけの皮かわがあらわれた時は困るじゃないかと感じたもののごとくである。

美学者は少しも動じない。「なにその時ときゃ別の本と間違えたとか何とか云うばかりさ」と云ってけらけら笑っている。

この美学者は金縁の眼鏡は掛けているがその性質が車屋の黒に似たところがある

。主人は黙って日の出を輪に吹いて吾輩にはそんな勇気はないと云わんばかりの顔をしている。

美学者はそれだから画えをかいても駄目だという目付で「しかし冗談じょうだんは冗談だが画というものは実際むずかしいものだよ、レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生に寺院の壁のしみを写せと教えた事があるそうだ。

なるほど雪隠せついんなどに這入はいって雨の漏る壁を余念なく眺めていると、なかなかうまい模様画が自然に出来ているぜ。

君注意して写生して見給えきっと面白いものが出来るから」「また欺だますのだろう」「いえこれだけはたしかだよ

。実際奇警な語じゃないか、ダ・ヴィンチでもいいそうな事だあね」「なるほど奇警には相違ないな」と主人は半分降参をした。しかし彼はまだ雪隠で写生はせぬようだ。


車屋の黒はその後ご跛びっこになった。彼の光沢ある毛は漸々だんだん色が褪さめて抜けて来る。

吾輩が琥珀こはくよりも美しいと評した彼の眼には眼脂めやにが一杯たまっている

。ことに著るしく吾輩の注意を惹ひいたのは彼の元気の消沈とその体格の悪くなった事である。

吾輩が例の茶園ちゃえんで彼に逢った最後の日、どうだと云って尋ねたら「いたちの最後屁さいごっぺと肴屋さかなやの天秤棒てんびんぼうには懲々こりごりだ」といった。


赤松の間に二三段の紅こうを綴った紅葉こうようは昔むかしの夢のごとく散ってつくばいに近く代る代る花弁はなびらをこぼした紅白こうはくの山茶花さざんかも残りなく落ち尽した。

三間半の南向の椽側に冬の日脚が早く傾いて木枯こがらしの吹かない日はほとんど稀まれになってから吾輩の昼寝の時間も狭せばめられたような気がする。

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ジャンプ3


主人は毎日学校へ行く。帰ると書斎へ立て籠こもる

。人が来ると、教師が厭いやだ厭だという。水彩画も滅多にかかない

。タカジヤスターゼも功能がないといってやめてしまった。小供は感心に休まないで幼稚園へかよう。

帰ると唱歌を歌って、毬まりをついて、時々吾輩を尻尾しっぽでぶら下げる。


吾輩は御馳走ごちそうも食わないから別段肥ふとりもしないが、まずまず健康で跛びっこにもならずにその日その日を暮している。鼠は決して取らない。おさんは未いまだに嫌きらいである。名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯しょうがいこの教師の家うちで無名の猫で終るつもりだ。

吾輩は新年来多少有名になったので、猫ながらちょっと鼻が高く感ぜらるるのはありがたい。
元朝早々主人の許もとへ一枚の絵端書えはがきが来た。

これは彼の交友某画家からの年始状であるが、上部を赤、下部を深緑ふかみどりで塗って、その真中に一の動物が蹲踞うずくまっているところをパステルで書いてある。

主人は例の書斎でこの絵を、横から見たり、竪たてから眺めたりして、うまい色だなという。

すでに一応感服したものだから、もうやめにするかと思うとやはり横から見たり、竪から見たりしている。(青空文庫より引用)

 

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